持明院「はすの会」高野山の納骨と永代供養墓

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お墓不足はこれで解決(宝石)

宝石(1994年4月号)より

宝石・表紙

ジャーナリスト大泉清二

お墓不足はこれで解決

photo1

大都会への人口集中により、年々墓地不足が深刻化している。
いまこそ将来に備えて、時代に促した供養のあり方を考えたい

一、墓地不足が深刻な社会問題

都市圏では絶対的にお墓不足

いま首都圏を中心に大都市では、お墓不足が深刻な状況になりつつある。

「お墓なんか、もっと先の話だよ。いまの自分には関係ない」

現在、健康に生きている人は、だいたいそんなことを言う。だが、ある民間の調査機関によると、現在お墓を購入する人の7~8割は、生きているうちに自分のお墓を購入しているという。自分のお墓をどうするか、というのが、いま大きな問題となりつつあるのだ。

中堅商社に勤める篠田保之さん(47歳)が大病を患ったのは一年前のことである。病名は胃ガン。きわめて初期症状だったため、直ちに入院して手術を行ない、当面、一命はとりとめた。

しかし、いつ再発するかわからない。もし自分が死んだら……と、思うたびに、篠田さんの胸のなかで、お墓の間題が急に現実味を帯びてきたのだった。

「ふだん、新聞にお墓のチラシ広告が入っていても、まず見もしないでしょう。でも、入院中はヒマなせいもあって、お墓と生命保険の広告がやけに目につきましたね」

そして、それらにじっくり目を通して改めてわかったことは、大都市周辺でのお墓不足という実態だった。近年のお墓不足は、いわば人口の都市集中がもたらした最後のツケ、なのである。

ちなみに、都民の霊園に関する意識調査をもとに今後を予測すると、墓地需要は、西暦2004年までに36万基を必要とし、今後十年間にわたり、毎年三万基ずつ不足するという数字が出ている。

需要はあっても、土地対策の遅れや緑地保護政策、環境間題への関心の高まりなどから新規造成はままならず、墓地不足は年々深刻化する一方なのである。

平成3年9月3日付、読売新聞では、「お墓の狭き門、競争率なんと19倍   2600基に申込者14,000人」 という大きな見出しで首都圏の墓地不足の実態を紹介しているが、現実にお墓を求めている人にとっては、この倍率以上の厳しさを実感していることだろう。

墓石業者による環境破壊!

都市圏でお墓用地が絶対的に足りなくなった結果、必然的に霊園開発は郊外へ移り、それが新たな問題を生みはじめた。瑛石業者による環境破壊が進んでいるのである。

いま東京や大阪などの大都市周辺を歩くと、山を削り、谷を埋めて、いたるところに霊園が造成されている。極端にいえば、土地が広ければゴルフ場にし、土地が狭かったり、傾斜面がひどくてゴルフ場にできない場合は墓地にする、といった安易な開発が行なわれている印象すら受ける。

高速道路の脇に広がる墓地を見ると、日夜、車の騒音や排気ガスに悩まされるような場所で、はたして死者が安らかに眠れるのだろうかと考え込んでしまう。

いまを生きる私たちが敬遠したくなるような場所は、死んだ人たちにとってもありがたくないに違いない。というより、生きているうちは我慢できても、死んでからぐらいは安らかな場所で眠りたいというのが、偽らざる心境だろう。

だが現実に、そうした死者の魂を安らかに成仏させる場所を、大都市圏で探すことは、ほとんど不可能に近い。

高額で入手困難な民間霊園

しかも、そうした郊外の霊園ですら、値段を見ると、一般の人たちには溜息が出るほど高くなってしまった。

わずか3平方メートルていどの墓地一区画の永代使用料が50万~100万円。交通の便や日照がよければ、たちまち200万~300万円になり、さらに墓石代、外柵代などを積算すると、首都圏の民間霊園にお墓を建てる費用は、一基500万円以上にはね上がってしまう。

「墓地の用地難が、民間霊園の高騰を引き起こし、遠い、狭い、高い、という悪循環を招いている。ひところ、公団住宅の代名詞だった遠・狭・高は、いまやお墓の代名詞です。生きている間は住宅に泣かされ、死んでからはお墓に泣かされる。まったく、われわれ団塊の世代は、ロクなことはありませんね」

篠田さんはガックリと肩を落としながら言うのだった。

急増する無縁墓化

ところで、現在のお墓事情は、たんに墓地不足だけが問題ではないところに、より深刻な要因がある。

それは何か―。

近年の経済発展にともなう人口の都市集中は人々の生活を多様化させ、日本人の生活習慣に大きく影響を及ぼしてきた家意識の崩壊と、核家族化を促した。

郷里の家やお墓は長男にまかせ、二男、三男は生家を離れて都会に住む……という具合に、子供たちがそれぞれ独立して別の土地に新たに家を構えるようになった結果、先祖代々の「○○家」という家意識よりも、家族中心の生活を優先する考え方が一般的になっていった。

こうした古くからの家意識が崩れたのに加え、近年、新たな問題として急浮上してきたのが核家族化現象である。

平成三年度の調査結果によると、一夫婦当たりの出生数は全国平均で1.5人と、完全に2人を切ってしまった。

大都市圏だけに限れば、この数字が、さらに下回ることは間違いない。

こうした核家族化現象は、現在のお墓事情にも大きく影を落としている。お墓を守ってくれる後継者がいなくなり、無縁仏(墓)が急増しているのである。

冒頭で紹介した篠田さんの最大の悩みもじつはここにあった。

「私たち夫婦には、二人の子供がいるんですが、二人とも女の子で、いずれは嫁に出ていく。そうなったとき、自分たちのお墓は誰が守ってくれるのか、いちばん考えさせられたのは、そのことでした」

そもそも「お墓を買う」というのは、不動産の購入とは、全然意味合いが違う。

不動産を買うというのは、「所有権を得る」ことだが、墓地を買うというのは、「使用権を得る」ことなのである。

不動産は、自分が買って所有権を得てしまえば、売ることも貸すことも自由だし、何に使うこともできる。が、墓地は、自分が買って使用権を得たとしても、勝手に売ることはできないし、貸すことも、墓地以外の目的に使うこともできない。

さらに墓地の使用権は、その家の後継者が代々にわたって受け継ぐことを前提に売られるのだから、もし受け継ぐ人がいなければ、使用権は宙に浮いてしまう。

これが「無縁墓」で、死後に祭祀してくれる者のいなくなったお墓を指す。

これまでに述べたように、戦後の家意識の崩壊や核家族化が進み、女性の社会進出も当たり前になった結果、離婚者やシングルが増え、一人っ子家庭、女の子のみの家庭、夫婦別姓などにも拍車がかかった。

「わが家は長男がいるから、無縁仏などは関係ない」といっても、長男の側は、「家督も遺産も、すべて兄弟平等に分けるのに、お墓だけ長男に守れというのはおかしいじゃないか」と考えている。

いずれにしても、家単位のお墓の承継(お墓を継ぐことは、承継という)が難しくなったことだけは間違いない。

その結果、承継者のいない人たちは、生前に墓地を買い求めようとしても、寺院や霊園側が売ってくれないケースが出てきた。血縁者が絶え、無縁仏になることがわかっているからである。

東京・練馬区のある寺院では、その理由をこんなふうに説明した。

「かりにお墓を買われるご本人は、無縁墓になることを承知していても、私どもは受け付けかねます。なぜなら、無縁墓になった場合、それを正式に処理するには墓埋法の規制があって、長い年月と莫大なお金が寺院側にかかるからです。

無縁墓の整理をするには、無縁とみられる墓地利用者の本籍や住所地の市町村長に縁故者の有無を照会することや、二種類以上の日刊新聞に、それぞれ三回以上「墓地改葬広告」を出すことなどが義務づけられている(墓埋法施行規則)。

平成四年に京都市が無縁墓を整理して、30年ぶりに再募集をした際には、墓地改葬広告に600万円、調査および改葬などの費用に5,000万円もかかったという。

増えている無縁仏

(増えている無縁仏)

「まして小さな寺院や民間の霊園では、後年のこととはいえ、最初からわかりきった近未来の厄介事を甘受する余裕など、とてもありません」

寺院側の主張もむべなるかな、である。

従来の永代供養は一代かぎり?

かりにお墓を入手しても、その先に永代供養という問題が残っている。

民間霊園のなかには「三年間、管理料を払わないと無縁墓にする」という規約をうたってあるところもあるが、そこまで厳しくない寺院墓地も、事情は大差ない。再び、前出の僧侶が語る。

「みなさんは、お墓を手に入れると、ひと安心なさいますが、お墓とは永代使用権のみを購入するのであって、供養をするときには、お寺のお坊さんに、そのつどお布施を払ってお願いしなければなりません。永代使用権とは、いわば医師のいない病院のベッドを確保したのと同じで、患者に必要なのは、医師の治療と薬です。仏さんにとっても、いちばん必要なのは僧侶の心のこもった読経と香りのよい線香、ご仏飯です。これで供養の大切さがおわかりいただけるでしょう。一般の人には読経や毎日の仏飯を供えることはできませんから、やはり餅は餅屋で、僧侶に頼むのがいちばんです。そういうことを考えると、寺院側にとっても、また仏さんにとっても、お墓をちゃんと守ってくれる人がいるかどうか、ということが非常に大事なのです」

しからば、永代供養の「永代」とは、どのくらいの期間をいうのだろうか。

じつは供養を頼む側と、頼まれる僧侶側とでは、この概念がまったく違っている。一般の感覚で「永代」というと、かなり末代まで面倒を見てもらえそうな気がするが、僧侶の常識は、そうではない。

東京の下町のお寺の僧侶は、非公式な見解だと断わったうえで、こう語る。

「ごく一般的に申し上げると、永代供養を頼まれて供養料をいただいた、そのときのお坊さん一代かぎりです」

なぜ、一代かぎりなのか。

「私たち僧侶の世界も、ひどい後継者難ですから、次を継ぐ僧侶が自分の息子であれば、檀家の永代供養についての意思を伝えるのは簡単です。でも、世襲でない現代のお寺では、次の住職が誰になるのか定かでない。まったく別のところから未知の人物がやってくるかもしれません。そうなると、先代が請け負った永代供養など、まったく関知しないところとなり、供養しなくてもとおってしまいます。かりに次の住職が自分の息子であっても、申し送りがスムーズに行なわれるかどうかは約束できないのが、正直なところでしょう」

そもそも檀家という概念自体、一般にはよく理解されていないのではないか。

「みなさんは、お寺の檀家になれば、毎朝読経をしてもらえると思っているでしょう。でも、檀家というからには、それなりにお寺に貢献をしてもらわなければなりません。京都などのお寺では、だいたい年収の二割ていどを寄進するのが標準で、それを毎年納め続けて、はじめて檀家として認知される。それだけやれば、お寺側も毎朝お灯明を焚き、読経をして、きちんと永代供養をしてくれる。それが私たちの“常識”なんですね」

いわば税金に匹敵する金額を、毎年お寺に寄進して、やっと死後の面倒が見てもらえるというのである。ふつうの暮らしをしている人には、とてもできるものではない。

いずれにせよ、ほんとうの末代までの永代供養は、一般の末寺では非常に困難なことが、これで十分うなずけるだろう。

二、抜本的解決策の持明院の永代供養墓

高野山奥之院に佛舎利宝塔建立

今回、お墓の問題を取材する過程で、一つの理想的な永代供養墓に出会った。

高野山別格本山持明院による永代供養がそれで、この永代供養には次のいくつかの点で、他の永代供養墓には見られない特長がある。

以下、一つずつ紹介しよう。

第一の特長は、持明院で永代供養を行なう永代供養墓・佛舎利宝塔は、古くから聖地として知られ、日本人の心のふるさと、魂の原点として親しまれてきた高野山に置かれていることである。

高野山は、平安時代初期に日本が生んだ偉聖弘法大師によって初めて開かれた一大聖地であることは、改めて説明するまでもない。

弘法大師(空海)は延暦23年(西暦804年)、唐に渡り、都・長安で国師である青龍寺の恵果阿閣梨(けいかあじゃり)より正統密教をきわめて二年後に帰国。帰国後は真言密教を全国各地に広めた。

この真言密教のすぐれた教えと弘法大師のおおらかな人柄が、当時の朝廷をはじめ一般民衆の信仰と崇拝を集めたことは、周知のとおりである。

八葉蓮華の峰々に守られた山上に開ける信仰の聖地である高野山には、現在、金剛峯寺を総本山とする百十七寺院の堂塔が集まり、真言宗の聖域、修法のための壇場を形成している。

その最奥に広がる広大かつ深遠な魂の浄域が高野山奥之院で、持明院の佛舎利宝塔は、ここに建立されているのである。

何度も言うように、お墓は死者の安息と浄福を願い、その魂を救うために建立するものだから、墓地は、許可さえ得ればどこでもよいというものではない。

高野山奥之院を訪れると、樹齢数百年のご神木の間に、歴代の皇族をはじめ歴史的に名高い貴族、武将などの墓石を多く見ることができるが、それは、とりもなおさずこの地が深遠な魂の浄域であるからにほかならない。

持明院が責任をもって永代供養

特長の第二は、その供養が文字どおり末代まで約束されていることである。

持明院の永代供養は、佛舎利宝塔の塔内地下一階に設けられた礼拝堂で営まれる。毎日の勤行はもとより、春・秋の彼岸法要、孟蘭盆会、命日、年忌の法要が持明院の高僧によって行なわれ、利用者の現世と来世の心の安息を願い、幸福を護り続けるため、永遠に絶えることなくお祈りすることが約束されている。

一般に、お墓は、残された家族がお参りしやすいように、家の近くに建立することを勧める人もいるが、死者の魂を救うのは僧侶の心のこもった読経と香りのよい線香、仏飯であることを考えると、むしろ僧侶に近い場所に祀ることが理想であろう。その意味でも、高野山持明院の永代供養は理にかなっている。

宗旨・宗派を超えて利用できる

第三に、持明院の永代供養は、宗旨・宗派を超え、すべての人をお釈迦様の仏弟子として迎えてくれることである。

佛舎利宝塔では、高野山真言宗のしきたりにしたがって、供養・法要が営まれるが、宗旨を持っている利用者については、現在の宗旨の方法で、お墓、仏壇、仏事を営んでも構わない。

これは弘法大師の教えが、宗旨・宗派や身分のわけへだてなく、すべての人の幸福を願う信仰の原点にもとづいて運営されているからである。

ちなみに持明院の現住職は、高野山真言宗総本山金剛峯寺第408代座主をも勤める大僧正竹内崇峯師である。(注:竹内崇峯は平成19年5月17日に逝去)

師は、今回の佛舎利宝塔の建立に先立ち、お釈迦様の遺骨(佛舎利)を京都の東寺より賜り、佛舎利宝塔に奉安し、開眼法要されたという。

少し長くなるが、竹内崇峯師の言葉を紹介しておこう。

「高祖弘法大師の教えは、高い理智とかぎりない慈悲の心によって、現実の生活に即し、人々の幸せをなし遂げることにあります。とき移り世情が変わりましても、この教えは宗旨・宗派を超え、人々の救いとなっています。

お釈迦様は、約2500年前にインドで御誕生になり、御年80歳、クシナーラの城外、沙羅双樹の園で御入滅なさるまで、衆生救済のために広く全土にその教えを説き、生涯を捧げられました。

御入滅後、佛身を茶毘に付し奉り、その佛舎利を八力国に配分し、塔を建立してご供養しましたのが、佛舎利信仰の来歴とされ、佛舎利宝塔の起源とされています。わが国におきましても、仏教伝来のはじめより佛舎利を尊拝し、弘法大師御入唐に際し、八十粒をご請来され、京都・東寺に安置いたしました。

昭和59年、高祖御入定1150年御遠忌大法会に際して、高野山奥之院に佛舎利宝塔の建立を発願し、持明院に古来より伝来の佛舎利を御請来、御奉納いたし、開眼法要いたしました。

このたび、佛舎利宝塔の功徳を多くの方々から御拝受できますようにとのご希望もあり、持明院でお申込者の祖霊に永代供養させていただくことになりました。お釈迦様の教えに報いて、十万壇越の所願円満の招来を祈念いたします」

佛舎利宝塔を建立し、供養することは、お釈迦様の大功徳を得ることとされ、今日まで多くの人々の信仰を集めているが、申込者は、そのお釈迦様の遺骨の側で供養が受けられ、安らかな来世をすごすことができるのである。

高野山御廟で納骨も受け付ける

第四の特長は、納骨を希望する利用者に対しては、有料ではあるが、別格本山持明院が手厚く供養し、納骨の一切の手続きをしてくれるということである。

遺骨は、弘法大師ご入定の高野山奥之院の御廟のある納骨堂に安置される。

持明院住職・竹内崇峯大僧正(故人)

(持明院住職・竹内崇峯大僧正(故人))

周知のとおり高野山は、もっとも高位の霊域として知られ、奥之院一帯には、平安時代からの貴族や戦国大名など、歴史的に有名な方々の墓碑が多く見られる。また、日本を代表する一流企業の従業員慰霊碑や、先の太平洋戦争で護国を念じて散っていった戦没者たちの慰霊塔も数多く建立されている。

ごく普通に考えれば、一般の人たちがお墓を持ちたくても持てないところが、高野山奥之院なのである。

そういう日本を代表する聖域に納骨できる機会は、滅多にあるものではない。別格本山持明院の永代供養墓であればこその特権といえるだろう。

先祖と一緒に永代供養される

第五の特長は、真言密教で霊力の信じられている「能作生珠(ノウサショウジュ)」が納められていた五輪塔と同形の五輪塔、または一つの位牌に先祖と一緒に祀る「繰り出し位牌」による永代供養が行なわれることである。

五輪塔は、元来、墓標として平安時代より高貴な人々に用いられ、現在、高野山奥之院に祀られている貴族や武将などの墓石にも多く見ることができる。

佛舎利宝塔でも、この由緒ある五輪塔を作り、これによって申込者および先祖の霊を少しでも安らかにお護りすることができれば、という願いを込めている。五輪塔の内部には現世帳、過去帳が納められ、先祖代々の霊を祀ることができるほか、存命者の功徳(くどく)へのお祈りも行なわれる。

また、繰り出し位牌は、純金仕上げの位牌の内部に、十枚の供養板を納めることができ、この供養板には両親の戒名と、祖父母の家名を記入するようになっている。

人は誰でも母によって生まれ、その母もまた祖母から生まれていることを考えると、母方の先祖も同じように供養したいと思うのは、当然の心情であろう。

とくに結婚して他家に嫁いだ娘の立場では、そうした思いが強い。が、従来の先祖供養は、家単位で行なわれるため、とかく母方の祖父母はないがしろにされることが多かった。内心では感謝の気持ちを持っていても、それを形にあらわすことができなかったのである。

そういう従来の供養の不備を解決した新しい供養の形が、繰り出し位牌である。

繰り出し位牌には、申込者本人の名前(俗名)を記入することもできる。生前に自分自身を供養することは、仏教の世界で言うところの現世供養(逆修供養)となり、昔から現世の本人を守る方法として知られているとおりである。

ちなみに五輪塔による永代供養は100万円、繰り出し位牌による永代供養は50万円だ。

この価格で、お釈迦様の遺骨の側に祀られ、高野山奥之院の聖域で、死後の安らぎを得られるというのは、別格本山持明院ならではといえる。

「現世での幸せを得ずして、来世での幸せが得られるものか」

これが弘法大師の教えであるが、持明院の永代供養も、この精神にのっとって、利用する人々に金銭的な負担をかけないようにとの願いが込められている。

そのほか佛舎利宝塔による永代供養では、別格本山持明院の名僧による開眼供養・入魂を済ませた釈迦座像を家庭の仏壇に祀って、先祖の供養を申込者自身が行なうと同時に、現世での家内安全と家庭の幸せを守るようにもなっている。

持明院の佛舎利宝塔における永代供養は、今日のお墓が抱える問題点を一つずつ解決すべく考えられた、現時点における最良の供養法であることが、以上の説明でおわかりいただけるだろう。

三、21世紀にふさわしい「供養墓」

最高の聖域に祀られる至福

これまで見てきたように、土地の高騰によって、お墓の値段は急騰し、一般庶民には手の届かない価格となっている。また、お墓の永代使用権は長男が承継するため、二男以降の人は、自分でお墓を求めなければならない。

そのお墓も、公営墓地は競争率が高く、また、お墓の90%を占める民間霊園は、子供のいない人には購入の権利すらない。金銭的なハードルはもちろん、さまざまな制約から、自らのお墓が持てず、安らかな眠りの場所を確保するのが困難になっているのが実情である。

こうした現代の墓地不足を反映して、一般のお墓の形態も大きく変わってきた。

いまや、一区画に一基の墓石を建立する従来のお墓は望むべくもなく、かわって、お墓の集合住宅ともいうべき芝生墓地、壁墓地、ロッカー墓、マンション墓、納骨堂などの合葬墓が増えている。

たとえば東京都は、昭和62年を最後に新規募集を完了し、その後は空墓地の再募集だけだが、そうしたなかで、少しでもお墓の供給量を増やそうと、平成三年から壁墓地を募集している。

壁墓地とは、自然石やコンクリートの壁面を連続的な墓碑や納骨施設に利用しようというもので、都営の小平霊園や八柱霊園の用地内に設置されている。

さらに平成五年秋、東京都は多摩霊園内に新形式の納骨堂を建立した。「みたま堂」という名のこの納骨堂は、お碗を伏せたようなドーム形式で、鉄筋コンクリートの地下一階、地上一階建て、納骨数2万2千体という大型納骨堂だ。

利用者は、納骨時だけはロッカー式の納骨壇に直接行って、納骨と参拝を行なうことができるが、通常の墓参は、高さ20メートルのホール正面にあるモザイク画の壁面に向かってお参りする間接参拝である。当然ながら、参拝場所での焼香、献花などは行なえない。換言すれば、参拝する空間を削って、その分、多くの納骨場所を確保しようというものである。

五輪塔(左)と繰り出し位牌(右)

(五輪塔(左)と繰り出し位牌(右))

だが、このような方策を講じても、都市圏の墓地不足が解消される見通しはない。その結果、前述したように、民間の墓石業者による乱開発が行なわれ、しかもそれらの墓地は、ほかに利用価値のない、というより墓地としてもふさわしいとは思えない場所にまで、どんどん造成されているのが実情である。

はたして、そういう場所に祀られたとして、死者の魂は救われるであろうか。

そういうことを考えると、別格本山持明院の佛舎利宝塔が、高野山のなかでも、もっとも霊域とされる奥之院に建立されていることは、いくら強調しても、強調しすぎることはない。

合理的な合祀のシステム

最近、「永代供養墓」が多くの人たちに注目されている。

永代供養墓は、先祖代々続いたお墓に永代管理・供養をお願いするのではなく、初めから永代管理や供養を寺院や霊園が行なうことを約束して販売されるお墓を指す。承継者のいない人たち、あるいは死んだあとを遺族に託すのではなく、自分自身で選択したいという人たちのために作られ、購入時に永代使用料とあわせて、永代分の管理料・供撚料を一括納入するシステムで、現代の核家族化時代に適応したお墓として、多くの人々の支持を得て主流になりつつある。

ただし、ここでも問題は残る。

現在のところ、永代供養にはまだ法的な定義がなく、各経営主体によって、その内容がさまざまに異なることである。

逆にいえば、永代供養墓の購入に当たっては、永代供養の内容はどうか、経営主体は誰なのか、信頼できるのか、埋葬方法は納得できるか、といったより厳密なチェックをしなければならない。

もし不心得な霊園業者がいたら、最近の民間有料老人ホームで話題になっているように、永代供養料だけ先取りして倒産することも、ありえない話ではない。

別格本山持明院の佛舎利宝塔は、永代供養墓の一種ではあるが、一般の永代供養墓とは、決定的に異なっている。

高野山奥之院にそびえる佛舎利宝塔

(高野山奥之院にそびえる佛舎利宝塔)

その最大の特長は、すでに説明したように、この佛舎利宝塔では、持明院の高僧が責任をもって毎朝お灯明を焚き、読経をしてくれる点だ、。つまり、文字どおり末代までの永代供養が約束されている。

しかも、毎日決まった時間に僧侶の読経とお線香、ご仏飯が約束されていることは、病院のベッドに寝たきりの患者に医師の治療と薬が約束されているのと同様、死者にとっては、なににもまさる安堵感を得られるに違いない。

従来、子供のいない人のお墓は、わずか一代で、訪れる人もない無縁墓と化すことが懸念されてきた女の子しか生まれなかった夫婦、家族と離別した人、一生を独身ですごした人、故郷を離れて新しい土地に住まいを構えた入たちのお墓も、同様の理由で無縁墓になる危機にさらされている。供養する入が誰もいないお墓では、魂の救いは望むべくもない。

持明院の永代供養は、そうした懸念や不安を一掃し、利用する人も、その遺族にとっても安心立命が得られるのである。

そのほか、自分の先祖も一緒に供養してもらえることや、宗旨・宗派、あるいは男女の区別なく祀ってもらえること。さらに庶民でも無理なく買える価格帯であることなど、この持明院の佛舎利宝塔は、現代のお墓事情の不備を抜本的に解決した、21世紀につながる供養墓の方向を示している。

現代は、モノの豊かさから心の豊かさを求める時代に移ってきた。にもかかわらず、お墓を取り巻く現実は、それに逆行するかのように厳しくなる一方である。

そういうなかで、自分のお墓を考えることは、その死を生きているうちに考えるということであり、つまりはいまをどう生きるか、という生きざまそのものを考えることにほかならない。

数多くの選択肢のなかから、自分のお墓をどう選ぶか─見方を変えれば、そこに、いまを生きる自分自身の生き方が間われている。

<間合わせ先>(株)高野山寺月会が持明院の永代供養募集事業の代行を行なっている。


(以下、画像のクリックでそれぞれ拡大します)
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